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第59回 空気が吸えない恐怖

ホテルのにおい

臭いの話のついでに言うと、この夏に出かけたホテルの臭いも気にかかった。新しいホテルではなかったから、化学物質の臭いではない。しかしかび臭いような不快な臭いがするのだ。掃除していない車のエアコンから漂う臭いのような。

しかしホテル自体は悪くないレベルで、夕食が部屋食できるというので選んだものだった。食事のときにはそれほど気にならなかったが、寝るときになるとどうにも気になる。臭いの問題は、そこから逃げない限りどうにもならない点で「閉所恐怖」とよく似ている。そんなことがあると「やっぱり家が一番いい」と思う。よくある旅の不便さ、気ぜわしさ、忙しさから思うのではない。安心して息が吸える場所がいいのだ。

化学物質フリーの空間

天然住宅の空間
天然住宅はその当たり前の空気感がある。ぼくは大学の授業がある間は東京に来るのだが、東京で定宿にさせてもらっているマンションもまた天然住宅仕様だ。だから岡山でも東京でも化学物質フリーの場所にいる。そのせいか、臭いの違いが気になるようになった。

しかしぼく自身はもともと鼻が敏感ではない。特に冬場の風邪では、一か月ぐらい何の臭いも嗅げなくなるほどだ。それなのに有害化学物質の臭いだけは気になるようになってしまった。生き物の動物臭さは食品でなければ我慢できる。我慢ならないのは命にかかわる感じのする化学物質の臭いなのだ。

生存のための本能

何を隠そうぼくは閉所恐怖症で高所恐怖症だ。だからかつては飛行機が怖くて仕方なかった。飛行機は高いところを飛ぶ密室なのだから。その感じに似ている。空気が臭くて息ができなくなることは、「出られない」と感じる恐怖に似ている。

もちろん天然住宅は、火事になっても有害ガスを発させするようなものはほとんどない。「火事で焼け死ぬ」という言葉は今や正しくない。実際にはススで黒くなったとしても焼死している人は多くはない。多くの被災者は有害ガスで死ぬのだ。人は酸素がほとんどないところでは、息を止めていられる時間よりもはるかに短時間で死ぬ。一呼吸目で肺の酸素分圧が一気に下がり、反射的に呼吸が促進されて呼吸が早くなる。酸素が最も必要な脳の酸素が途絶えて気絶し、そのまま死亡する。これこそが一番いやな死に方ではないか。

それに似た感触が、安心して空気の吸えない環境なのだ。人は食べなくてもしばらく生きられるし、水がなくても即死はしない。でも呼吸する酸素がなければすぐ死んでしまうのだ。それなのに室内の空気の汚染に無神経なのはどうかと思う。寝ていても人は息をするのだから、寝場所の空気が最も重要になる。ぼくは室内が臭いと感じたら、どんなに暑くても寒くても窓を開けようとする。それは生存のために必要な本能なのだと思う。

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