どうして大食漢だったはずの自分が少食になったのか。これについて故「安保徹」さんの講演をユーチューブで見て納得がいった。
ヒトには二つのエネルギー利用の経路がある。「解糖系」と「ミトコンドリア系」だ。それぞれの分布は大きく偏っている。それは機能が違うからだ。
「解糖系」は、白筋(白い筋肉)にて無酸素でぶどう糖をピルビン酸か乳酸に分解する過程で、炭素の結合エネルギーを取り出す経路だ。反応が単純で、「ミトコンドリア系」の100倍の速さでエネルギー生成を行うことができる。生成されたエネルギーは分裂と瞬発力に使われ、持久力はなく疲れやすい。
それに適した温度は32~33度、100メートル走のような無酸素運動では、瞬発力とスピードを出すためには、呼吸を止め酸素を遮断し血液の流れを最低にして体温を下げている。
一方の「ミトコンドリア系」は、赤筋(赤い筋肉)などにて有酸素のエネルギー生成を行う経路。食事で摂った糖質や体脂肪を体内で燃焼・分解して、クエン酸回路に取り込む。「解糖系」で残った乳酸やピルビン酸も、この回路に取り込む。そこから水素を取り出し、「膜電位エネルギー」を作る。
普通の細胞の膜電位はマイナス75ミリボルトで、これが脱分極すると細胞が興奮するが、ミトコンドリアの場合は膜電位がマイナス150ミリボルトで、(普通の細胞の)2倍のエネルギーを持っている。ミトコンドリアはこの膜電位を脱分極させて、ぶどう糖1分子から36個の「アデノシン三リン酸(APT)」を作る。「解糖系」では、ぶどう糖1分子から2個の「アデノシン三リン酸」しかできないので、それと比較すると、18倍のエネルギー効率だ。ただしエネルギー生成に時間がかかり、瞬発力はなく持続力がある。
こうして人体は「瞬発力」と「持続力」という異なる力の素を手に入れた。
しかし、もともとの生物の細胞にはミトコンドリアは存在せず、これは人間になるはるか前の生物時点に他の生物を併合した結果だった。別の生物だったミトコンドリアを、祖先となる生物は細胞内に共生させてしまったのだ。ところが「ミトコンドリア」と取り込んだ生物の細胞とでは、分裂する速さが違っていた。そこでミトコンドリアは「分裂抑制遺伝子」を取り込み、ミトコンドリアの多い細胞の分裂速度を遅くした。こうしてミトコンドリアを併合して共生することで、細胞分裂もまた生体に適合するよう調整され、その後の生物は飛躍的に発展することになった。
そのミトコンドリアが圧倒的に多いのは心筋細胞、骨格筋の赤筋、脳神経で、それらの細胞は発達するとその後細胞分裂せず、あとはずっと同じ細胞が働く。「瞬発力」はなくスピードも遅い。「瞬発力」のための活動は「解糖系」の役割だ。
成長過程の時は細胞分裂している。その時期の活動は「解糖系」が担っている。生まれてから18歳から20歳で成長が止まるまでは「解糖系」が活躍している。その後は「ミトコンドリア系」のエネルギー利用の仕組みに代わってくる。今度は「持続力」は高いが、「瞬発力」に劣る仕組みになる。その後も死ぬまでこの形が続き、「解糖系のエネルギー利用」が減り、「ミトコンドリア系のエネルギー利用」が多くなる。その結果、年老いると燃費が良くなって少食になり、「持続力」は高いが「瞬発力」に劣る存在になっていくのだ。それを明らかにしたのが故「安保徹」さんだった。
「安保徹」さんというと、スピリチュアル系の人たちが礼賛するので、ぼくは食わず嫌いを続けてきた。しかしきっちりした立証を成し遂げてきた免疫学者だったのだ。これを学ぶと「なぜ私が少食になったのか」がはっきりする。
私は老いることで、とても効率の高いエネルギー利用の方法を手に入れたのだ。さほど食べなくても活動できる。ただし「瞬発力」は低い。それを理解すると自分の可能性に気づく。年齢は一つの才能と捉えて生かせばいい。老いることは「敗退」を意味するものではない。それを理解すれば良いのだ。
田中優コラム、そのほかの記事は
>>こちら