ヒノキチオールの成分はヒノキじゃない?
前回の続き
「そうだ、ヒノキを使ってその『ヒノキチオール』の成分で」と思ったかもしれない。それは半分正しいのだが、もう半分は正しくない。
この「ヒノキチオール」という成分には少々ややこしい背景があるのだ。
日本では古くから木造の寺社を建ててきたが、かなり早い段階で寺社仏閣に使えるような国産の大きな樹木を使い果たしてしまっていた。そこで目をつけたのが、台湾をはじめとする近隣の地域に生えていた巨大な樹木だった。
まるで明治期以降にフィリピンやマレーシアで行った伐採のように、飛鳥時代からその土地に暮らす人々のことを顧みることなく伐採を進めていった。
そして伐採にあたり、日本の林学の学者たちも連れて行ったのだが、インターネットもなかった時代ゆえに、大きな勘違いをしてしまった。
台湾で育っていたのは日本で言うところの「ヒバ」だったにもかかわらず、それを「台湾ヒノキ」と命名し、その樹液の成分を「ヒバオイル」とせず、「ヒノキチオール」と名付けてしまったのだ。しかし、それは紛れもなく「ヒバ」だったのである。
だから「ヒノキ」には「ヒノキチオール」がほとんど含まれていない。害虫やカビを寄せ付けず、水にも強いとされてきたのは、「ヒバ油」の成分によるものであって、「ヒノキ油」ではない。
名前が与えられた「ヒノキ」には、「ヒノキチオール」はほとんど含まれず、実際に多量に含まれているのは「ヒバ」の方だったのだ。
埋没林が教えるヒバの驚異的な殺菌力
今でも青森県の下北半島には「埋没林」が存在している。ぼくは「埋没林」が好きで、島根県の「三瓶山」にある埋没林を見学しに行ったこともあるが、その成り立ちは全く異なるものだ。
島根県の三瓶山では、噴火による土石流によって40メートルもの土砂に埋められたスギの巨大な林が埋没林となった。
一方、下北半島の埋没林は、海砂の隆起とヒバ特有の殺菌成分によって作られたものだ。海砂に埋もれたヒバは、その強力な殺菌効果で腐朽菌や微生物による分解を免れ、長い年月をかけて保存されてきた。その後、マツなどが混じり、年代の異なる混合林が形成された。マツが枯れたヒバ林に混じって育ったのである。
これはヒバの殺菌効果が腐朽菌の成長を妨げたおかげであり、埋没後も微生物の分解を防いだことによるものである。それほどヒバの殺菌効果は強力なのだ。この防虫効果・防菌効果こそが、飛鳥時代からの寺社仏閣を支えてきたのである。
参考記事:【ヒバの特性】抗菌作用(東北森林管理局)
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