「耐火建築物」での火事
放火事件に遭遇した善養寺幸子さん(一級建築士事務所「オーカニックテーブル」代表)から直接話を聞かせてもらったことがある。
その話の中でとても印象に残ったのは、「耐火建築物」での火事のときの火の回り方についてだった。「短時間の間に被害を広げてしまったのは、金属製の認定防火戸で、鉄製の網入り硝子入りの乙種防火戸は、消火水に急冷され枠が外れるほど変形し、網入り硝子は割れ、室内に残り、火を入れる結果となりました」という話だった。
それは現在の建築基準の性能で、想定される火災モデルが、限定的な効果しか担保していないのではないか、という可能性を示すものだと思う。
耐火についての話では、「木」の評価は低く見られがちだ。
例えば「木は燃えるか」と聞かれれば燃えるのは確かだ。しかし現実の火災では(少なくともこの事例では確かに)、木材が生命を守ったのだ。「耐火建築物」が役に立たず、可燃物であるはずの木が燃えて炭になる(炭化する)ことで燃焼を防止し、延命できたのだ。
私自身はこの話をよく知られている話と勘違いしていた。インターネットで探すと、ここだけに載っている。とてもわかりやすい良い記事だと思うので、それをまず紹介したい。http://www.jia.or.jp/topics/urban_p/2001/10kasai.htm
ブログ引用
火災体験
(たぶん2001年)6月13日午前3時30分頃、1階の開放ガレージに放火されました。就寝中のこと。早めに気付いて夫は消火に飛び出して行きましたが、消防に一報を入れているわずかの間に一つしかない出口は火に包まれ、子供二人と取り残されました。もう、自分で設計した耐火建築物の性能を信じるしかありませんでした。窓を閉め、煙の入ってくるのを防ぎ、救助がくるのを待ちました。間もなく消防車が到着。しかし、窓の横からも火が吹き上げているのですぐに脱出することはできず、消火するまで待つしかありました。室内は何も変わりなく、煙も入ってこず、匂いもしません。
10分待ったでしょうか、火はほぼ鎮火し消防隊によって窓から梯子で救出されました。外傷も煙の被害も受けませんでした。この時は『耐火建築物さまさまだな』と思いました。しかし、再び戻って被害を見た時、助かったのは偶然なのかもしれないと思いました。耐火建築物だからと言って火災に強く、人命を救える性能を有しているわけではない現実を見ることとなりました。それは、設計として常識にしていたこと、そのものが問題なんだという事実でした。
燃えるが熱を伝えない自然素材
早々に飛び出して行った夫が見たものは、燃え上がるプラスチック製品でした。駐車場に置いてあったアウトドア用品、ランタン用ホワイトガソリン、ラフティング用のゴムボートが勢いよく燃えていました。次の瞬間、自動車のガソリンに引火し車が炎上し、ガレージは火の海。水道水で消えるような状態ではありませんでした。開放型の駐車場は風洞となり、空気を吸い込み炎は勢いを増します。燃料や樹脂製品が燃えれば、火のまわりはあっという間です。
わが家は鉄筋コンクリート壁式構造、外部に難燃材の木繊維セメント板30ミリと表面に杉板20ミリの外断熱、内部打ち放しの耐火建築物です。当初は杉板の外装材が火災の被害を大きくしたかと想像しました。答えは逆です。木の外装材は見た目、真っ黒に炭化し大きな被害を印象づけますが、建物に対しては被害を和らげていました。表面の数ミリ~1センチ程度炭化し、中に熱を伝えていないことが判ります。木の裏側に接するポリエステルの防水シートは実(さね)のあまい部分が茶色く焦げたものの、殆ど燃えていません。杉板が燃え落ちた被害の激しい所ですら、木繊維セメント板は燃え切れていません。天井に貼った炭化コルク50ミリも無惨に焦げていますが、表面2センチも削ると綺麗なままの炭化 コルクになります。断熱材の中の躯体は被害の激しい所ですらヒビも浮きもありません。露出していた土間スラブは高熱で弾けて2センチほど表面が剥げてしまっています。もし、躯体もコンクリート表面をさらけ出していたら熱で弾け割れ、建物一部の火災であってもこの建物自体の保有耐力は失うこととなったと想像できます。車が焼けた火災の高熱から建物の命を守ったのは、20ミリの杉板で難燃という評価の木繊維の断熱材です。自らは燃えますが、消火活動が終わるまで躯体に高熱を伝えず被害を手前で食い止めていたのだと判ります。
燃えない物は火に強い?
わが家の火災は消防の到着も消火も早く、出火から30分程度で消火されました。その短時間の間に被害を広げてしまったのは、金属製の認定防火戸でした。鉄製の網入り硝子入りの乙種防火戸は、消火水に急冷され枠が外れるほど変形し、網入り硝子は割れ、室内に残り火を入れる結果となりました。靴を焼き、玄関框を焼き、煤を入れ、放水によって内装を痛めました。
駐車場上にある事務所のアルミ製防火戸は窓の框どころか枠も跡形もなく溶けてなくなっていました。方立に充填したモルタルだけが硝子ブロックの横に立っていました。部屋中真っ黒に煤が着き、窓の傍にあったパソコンはモニターと共に無惨に溶けていました。硝子ブロックの表面も溶け、まるでお婆さんのおっぱいの様に垂れ下がっており、炎の温度は800℃を越える高温だったことは伺えます。だからと言って防火戸が溶けて仕方のないことでしょうか?
耐火建築物の壁は1時間の耐火性能を要求されています。そこに付く認定防火戸が十数分もたないのでは無意味な基準です。今の防火戸の認定制度は0℃から火をかけて20分もてば良いという基準です(常温で0℃の状況は極めて少ない時期を対象としている?)。その基準でもアルミは10数分で融点に達してしまいます。どうにか形体を20分保っているだけで、実際の火災で早々から800℃の熱がかかれば、アルミの融点は600℃です。ひとたまりもない性能の防火戸(?)なのだということです。
スチール製乙種防火戸も同様です。今の制度では、熱して水で急冷するという基準はありません。放水前は熱に耐え火の侵入を防いでいました。しかし、水をかけた途端、そこは全くの開口になってしまいました。
現代の日本において消防が来ないと言うことは考えにくい事です。それを思えば、耐熱ガラス入り鋼製甲種防火戸にも疑問を抱かざるおえません。
優秀な木製防火戸
わが家はアルミサッシと併設して木製の防火戸を使用していました。気密性の良い断熱サッシとして、省エネルギーの観点から採用しました。防火戸という面からアルミ製やスチール製との性能の違いなど考えもしなかったし、むしろ劣ると思い込んでいました。
しかし現実は、木製防火戸は耐火建築物の開口部材として充分の役目を果たしていました。木製防火戸は表面こそ炭化しますが、枠は構造体に熱を伝えず、なかなか燃え落ちず、消火水に急冷されて変形することもありません。客人に、「網入り硝子も消火水の水圧で網が切れてしまうので、意味ないですよね」と言われました。「それは、認識の間違いです。金属製フレームだから枠の変形で切れるのであって、勢いよく放水されても網は切れませんよ」と変形したスチールドアの上にある木製サッシを見せました。急激に冷やされ細かく硝子にひび割れは起こしていますが、網は強固に水圧に耐え頑張っていました。
「この窓が割れなかったので、私達が避難している部屋には火も煙も水も入ってこなかったので鎮火するまで建物の中で無事に待っていられたんです。」
総合性能を設計する
この経験で、素材の持つ性能を、固定観念や思い込みを排して知る必要があると思いました。硝子が良くても枠が駄目なら性能は出ないわけです。それぞれの性能が良くても、組み合わせが悪ければマイナスになってしまうのです。「燃えない素材が火災に強い、燃える素材が火災に弱い」というのは思い込みだったと知りました。
また、生活の復旧を考えると総合性能がバランス良く高く、命も家財も建物も守る設計をしなくてはならないと感じました。「次世代省エネルギー基準」を前に樹脂系断熱材が重宝がられ、樹脂入りアルミ断熱サッシも多く出回りはじめました。ある一面のみの性能だけを評価して他の低性能を見落とすことで、火災の際には大きな被害を誘発し、人命を守ると言う建物の重要目的を欠落させてしまう結果になるのではないでしょうか。
性能を評価するなら、今のようなアンバランスな合格基準を持つ認定制度など意味がありません。終局性能を明示し、それぞれの持ちうる性能が判断できるようにする必要があるのではないでしょうか。そうすることで、本当の価値が判り、総合性能の高い建物がつくれるように思います。
「三匹の子豚」物語の刷り込み
善養寺さんの体験を読んでみると、「素材の持つ性能を、固定観念や思い込みを排して知る必要がある」というのが納得できるのではないだろうか。彼女がたまたま一級建築士で省エネ性能の点から木製サッシを採用していて、その建物が放火されて燃焼し、逃げ遅れ、自らの建築物の中で体験したからこそ得られた体験録なのだ。
こうした「固定観念や思い込み」を私たちに刷り込んだのは、この童話の物語のせいではないか。有名な「三匹の子豚」の物語だ。ちょっと紹介してみよう。
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昔々あるところに三匹の子豚が暮らしていました。
ある日お母さんが「そろそろ自分たちで家を建てなさい」と言います。
三匹の子豚はそれぞれ考えます。
1番上の兄はワラを集めてワラの家を建てました。
2番目の子豚は木を集めて木の家を建てました。
3番目の子豚はレンガを積んで家を建てました。
さてここでトラブルが発生。様子を見ていたハラペコオオカミさんがやって来ます。
1番上の兄のワラの家は一瞬で吹き飛ばされ、2番目の子豚の木の家は、オオカミに体当たりされて粉々になります。追い込まれた2匹の子豚は、末っ子の子豚のレンガの家に逃げ込みます。
風を起こしても体当たりをしても壊れない丈夫なレンガの家に、オオカミは悩みます。「よし! 煙突から侵入してやろう」
しかし、さらに素晴らしい3番子豚。オオカミの侵入を想定して、煙突からつながる暖炉で火をおこし、大なべに湯を沸かしていたのです!
オオカミは見事に大なべに侵入。慌てて逃げていきました。
こうして3匹の子豚はレンガの家で幸せに暮らしていきました。
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末っ子のレンガ建ての建物があったからこそ救われたという物語だ。
これが私たちの記憶に強く残り、ワラや木の家では燃えるからダメで、燃えない素材のレンガでなければダメだったという思い込みを作ったのではないだろうか。
ところが現実には逆で、燃えて炭化する木材だからこそ火災を防ぐのであって、さらに「樹脂系断熱材が重宝がられ、樹脂入りアルミ断熱サッシ」を用いると、発生する有害ガスによって先に「窒息死」に至ってしまうのではないだろうか。
奇妙な「白い焼死体」
今火事で焼け出された死体には、「白い焼死体」が多い。焼けて黒焦げになった焼死体だけではなく、焼け焦げていないのに白いまま死んでいる。
有害ガスで直接窒息死したか、もしくは意識を失った後に酸欠で窒息死したような遺体だ。この死因は「焼死」ではなく、有毒ガスによる窒息死なのだが、後に焼けていれば「火傷による死亡」に分類される。
「樹脂系サッシ」が発生させる有害ガスばかりでなく、有機物なら何でも不完全燃焼させれば発生する「一酸化炭素」も原因だ。
この中で、家に使われた「有害な化学物質」が熱によって気化し、それを吸い込んだ人がかなり短い時間の内に中毒死、あるいは窒息死するのだ。火災による死者の中で、比率が特に大きいのが「一酸化炭素中毒・窒息」と「火傷」だ。
しかし有毒ガスで動けなくなり(呼吸はしている)、その状態で炎で焼死した者も「火傷」による焼死扱いとなるので、実質的には火災による被害者は「一酸化炭素中毒・窒息による死亡」とした方が適切だろう。すなわち、火災による死亡者の中で最も多いのは「一酸化炭素を含む有毒ガス中毒・窒息死」なのだ。
一酸化炭素の危険性
「一酸化炭素」は有機物を不完全燃焼させれば何からでも発生するが、空気中の酸素が21%あるのと比べると、実にわずかな量で死を招く。空気濃度1%以下で、「意識低下や呼吸障害、死亡」を招くのだから。
その濃度が1%弱で、1~2分の呼吸で死を招くのだ、著しく早い。それ以外にも発生する有害ガスは多い。接着剤やあちこちに使われている樹脂が、その発生源となるのだから。
ただし、天然住宅では有害化学物質は極力使用していないので、火災時に一酸化炭素、二酸化炭素以外の有害ガスが発生するリスクは低い。ビニールクロスに含まれる塩化ビニル、塗装や断熱材として使用されるウレタン、その他接着剤や有機化学物質を使用した建材からも発生するのだ。天然住宅ならその有害化学物質からのガスの心配はほとんどない。
もちろん不完全燃焼によって「一酸化炭素、二酸化炭素」の発生は避けられないが、有害ガスを発生させる化学物質をなるべく使用しないという選択は、必要な選択だと考えている。
逃げ出すための時間的余裕を稼ぐ
耐火、防火という観点には、より実質的に重要な「逃げ出すための時間的余裕を稼ぐ」という考え方がある。「耐火、防火」を頑張らなければならないのは、「逃げ場」のない都会のような住宅密集地だけだ。平屋や二階建ての建物で、敷地境界に余裕のある家ならそのまま逃げればいい。表面を炭化させるだけで熱をなかなか伝えず、おかげで燃え抜けにくい。あらかじめ焦がしておくことで、それ以上の炭化を防ぐ「焼杉」の外壁もある。
三匹の子豚の物語のように、素材が「燃える燃えない」だけで判断するのはやめよう。そこに住む者が有害ガスで意識を失うことなく、消火するまでの時間を稼げるような建物であればいいのだ。