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外部に頼らないエネルギーの自給自足|田中優コラム #199

 (前話の続き)「自給自足」とは両義的な言葉だ。「人は一人で生きられるものではない」として否定されたりするし、「孤独な感じがする」と思われたりするかもしれない。しかしぼくの知る限り、本物の生き方をしようとする人たちは皆、「自給自足」を好む。きっと誰かに指図されずに生きたいと思うからだろう。
 
 その最たるものがエネルギー資源ではないか。エネルギー資源を奪い合うために、長らく戦争すら厭わない世界が続いてきた。そして為政者は「(エネルギー資源を)必要とする人々のために」を旗印にして、人々を戦いの場にすら追いやってきた。しかしその戦闘動機ともなり得たエネルギー資源が、熱と電気合わせて6kWの屋根の広さの太陽光パネル(広さにして32.4㎡)、わずか10坪もない屋根の面積で得られる時代に、自給せずに人命を掛けて争う必要があるだろうか。
 
 さらに言えばそれによって得られるのは毎日お風呂に入るだけのお湯の熱量と、毎日電化された暮らしを送るだけの発電量となる。東京都の太陽光パネルでの発電量で見ても、日照時間が年間1,909時間あり、太陽光パネルで発電するのが11,454kWで、効率を85%としても9,725kWhになる。
 
 この内の三分の一をお湯に使い、三分の二を電気に消費するとしても一日40kWh使える計算になる。いつでも電気を使うものとして冷蔵庫が200Whと冷房500Wh、その他に毎時300Wh使っていたとしてもやっと毎時1kWhだ。これらのものは常時使うことができる。

 心配しなければならないのは大きな電気を消費する暖房器具やドライヤー、掃除機などだ。エアコンとそれらのものを同時に使わないようにすれば問題ない。普通の家では40アンペア~50アンペアの電気で暮らしているだろうが、これを30アンペアで暮らせるようにすれば、一年中問題なく暮らせる。もちろん毎日お風呂に入りながらの計算だ。
 
 これでエネルギーの奪い合いや戦争も必要ないとしたら、すごいことだと思わないか。

 もちろん日本のエネルギーの問題は家庭でなく、莫大に浪費している事業者の問題だ。しかしそれに対しても、事業者が湯水のように浪費できるのは家庭が電気料金によってその価格を下支えしているからだ。
 
 しかもその仕組みは電気を送る仕組みである送電線網(グリッド)から始まっている。自給して「オフグリッド」すれば、あらゆる因縁から逃れられる。この仕組みを選ぶことができるのは、「パーソナルエナジー」を擁した天然住宅だけの仕組みになる。
 
 これを入れるのに充電設備の仕組みでは安全性が高く、寿命が長いリン酸鉄リチウムイオン電池を入れてはどうか提案したが、粟田さんに否定されてしまった。理由は価格が高くなってしまうことと、リチウムイオン電池のリサイクルが未だに確立されていないためだ。鉛バッテリーの密閉型の場合、安全性がありながらもリサイクルが完全に可能になっている。それを大切に利用しながら、寿命の5~7年になったら交換しながら使った方がいいと。しかも交換するにしても鉛バッテリーは価格がはるかに安い。その方が合理的だというのが粟田さんの考えだった。(次回に続く)
 
 

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