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「エピジェネティクス」|田中優コラム #215

前回の続き)
これは今まで考えられてきた遺伝とは異なる考え方だ。これまでの「セントラルドグマ(分子遺伝学の基本原理)」では、遺伝するのは遺伝子配列に刻まれたものであって、後天的なものは遺伝するはずがないと考えられていた。ところがそのセントラルドグマが壊された。それがこの「エピジェネティクス」だ。
 
何が問題なのかといえば遺伝子の四つの塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の組み合わせを混乱させる「DNAメチル化」と「ヒストン修飾」というのが見つかっている。
 
四つの塩基の中で、シトシン(C)の次にグアニン(G)が続く配列があるが、そのシトシンにメチル基(-CH3)が付加され、5メチルシトシンになることを「DNAメチル化」という。これが遺伝子の働き始める過程に深く関与しているせいで遺伝子外の遺伝を起こしているのかもしれない。しかもこのシトシン・グアニンと連続する配列が密に存在する領域があるのだ。
 
もう一つの容疑者が「ヒストン装飾」だ。このDNAというのは長い鎖状の糸になっていて、これをきれいに整理して遺伝子核の中に収めるために、リールのようなものに巻き付けて収納されている。このリールの芯の位置にあるのが「ヒストン」というタンパク質で、リール状に収まったものを「クロマチン」という。その「ヒストン」にアセチル化、メチル化、リン酸化やユビキチン化などの装飾が着くとクロマチン構造が変化し、DNAと転写因子などの核内因子との接近のしやすさが変化して、遺伝子の発現制御が可能となる。
 
こうした厄介な装飾がされることで、遺伝子以外のものが遺伝する原因になる。こうした遺伝子(DNA)外の遺伝のことを「エピジェネティック」と言い、今まさに研究されている最中だ。
https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/59/column3.html
 
確かにそういうものがある。以前に「イングリッシュ・セッター」という犬を飼っていたことがある。この犬は習ってもいないのに、獲物を見ると捕まえるために身体を低くして身構える。セットするからセッターというのだ。これはなぜなのか。もちろんすべての犬に共通するような仕草ではないし、親に教えられて学んだわけでもない。それなのに、誰に教わるわけでもなくセッターはセットするのだ。これは不思議だ。本来なら遺伝子に刻まれたものしか遺伝しないはずなのに、セッターだけが先天的にそうする。
 
これは猟犬として飼われていた頃に学んだ仕草だ。犬とヒトの関わりは古い。1万年以上前から、オオカミから分岐した犬と暮らしている。旧石器時代から共に生活していたというものもある。ほとんどヒトの進化に重なるほどだ。このように、遺伝子本体には影響せずとも「仕草」を遺伝させることができたのは、エピジェネティクスの影響としか考えられない。
 
遺伝子の外側で遺伝的影響を及ぼすことのできるエピジェネティクスとして「偽ホルモン(内分泌ホルモンかく乱物質)」がある。この脅威が世代を超えて影響するとしたら、恐ろしい話ではないか。「DNAメチル化」と「ヒストン修飾」は通常でも起こる事態だ。それを人為的に誘発して、ヒトの遺伝を遺伝子外で起こしてしまう。
 
私は人が作った化学物質の影響で、私に続く世代に悪影響を及ぼしたくはない。
 
 

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